[COLUMN] Bridge Note

2023/01/24

ファッションって難しいよね

こんにちは、宮地です。

今回はブログも少しお休みモード。
何でもない話をします。
私の少年時代のエピソードをひとつ。


中学生。

それは、複雑で繊細なお年頃。
子どもなんだけど、子どもじゃない。
大人じゃないけど、背伸びはしたい。
何ともバランスの難しい年代と言われています。

私はと言うと、親に対しても特に反抗期はなく、
早く大人になりたい、なんて背伸びすることも特になく、
ただ今を楽しむ、という過ごし方だったように思います。

なんじゃそりゃ。


・・・さて、
当時の私は欲も無い自由奔放な少年でしたので、
「流行」や「ファッション」などの世の流れを知らぬまま、
思春期の前半をありのままに生きておりました。
中学生の私にとって、「Tシャツ」や「ズボン」などは
「身体を覆い隠す布」くらいの認識だったのです。

どれくらい無頓着かと言うと、外出する時は
「タンスを開けて一番上にある服」を上下それぞれ
無作為にひっつかんで着て、鏡も見ずにそのまま家を出る
という、ドン小西さんもコメントのしようがない有様。
コーディネートも何もあったものではございませんでした。

そんな、自由をはき違えた少年はある日、事件を起こします。

中学2年生の夏、中学校の行事でUSJに行った時のこと。
希望者だけが参加できる休日のイベントだったのもあり、
普段制服で過ごす学校生活とは違って皆私服でした。
同級生たちの印象が少し違っていたのを覚えています。
希望者だけとはいえ、そこは当時開業したてのUSJ。
かなりの人数が参加していたと記憶しています。

園内は申し込み時に決めていた班単位で回っていたのですが、
あるアトラクション(E.T.だったかな?)に入って並ぶ時に、
私が当時想いを寄せていた女子のいる班が並んでいました。

脳内「やった!!」

私は嬉しい気持ちと緊張を必死で抑えながら、
幼いながらも思いつく限りのカッコいい自分
(ビバリーヒルズ青春白書のブランドンとか)を演じ、
スマートに意中の女子に話しかけます。
(背伸びしとるやないか。)

すると、彼女は私を視界に入れたその瞬間眉をひそめ、
極限まで冷え切った表情を変えることなく腕を組み、
私を上から下までゆっくりと睨みつけながら、
乾ききった、それでいて芯のある声で言います。


意中の女子 「だっさ」   ←はっきり覚えてます


私「$○#&△%」  ←まったく覚えてません


※「だっさ」=「ださい」
ださい[形]・・・あかぬけしないことを俗にいう言葉。やぼったい。



その後の記憶はもう本当にありません。
会話がそこで終了したのか、続いていたのか。
というか、そもそもそこに彼女は本当に居たのか?
と思うほどに、その一瞬の出来事は
私を深い混沌の闇の奥へと引きずり降ろしました。

当時の凄惨さを物語る写真と、有りったけの記憶を元に
彼女に撃墜された服装の詳細を以下の通りまとめました。


背中に「3本線」と大きな文字でプリントされた、
カーキ色のadidas(多分輸入物)の半袖Tシャツを、
Tシャツよりも若干薄いカーキ色のハーフパンツにイン
カーキって200色あんねん

中学指定の白い運動靴に、中学指定の白いハイソックス。
ハイソックスは、膝下までピンと伸ばしています。
ウェストポーチは原色グリーン(しかも蛍光
これを腰の前側中央に「キツめに」装着。

メガネは銀縁でフレームが細いのび太君モデル

髪は寝癖ですごい事になっていたはずです。


想像してみてください。
それを指摘された私の極限にまで高められた羞恥心、
自分の服装の愚かさに気づいた時には時すでに遅く、
着替えはおろか修正など不可能という現実。
もうこうなったら裸の方がマシだとすら思える絶望感。
穴があったら入りたい、と本気で思ったのはこの時だけです。

彼女は悪くないんです。
悪いのは、そんな悪魔のような格好で
下界に出た私の方なのです・・・。


それからすぐに、当時大学生だった兄に泣きつきました。
私の誕生日が近いのもあって、兄とアメ村のショップを巡り、
上から下まで素敵な装備を一式揃えていただきました。
「出会いの場が戦場なら、洋服は武器だ」と言いますもんね、
私の場合は諸刃の剣だったわけですが。

とにもかくにも、シンデレラボーイは、
兄のおかげでまるで生まれ変わったかのような、
晴れやかな気持ちになったのを覚えています。

それから中学卒業までのしばらくの間、その一式装備のみで
プライベートを過ごすことになるのですが、
それはまた別のお話。。

中学生の時の私は、その失敗を大きな糧として
「ファッション」という概念を身に染み込ませました。

母親が買ってくるジャスコの服しか着てこなかった当時、
その私が「ジーンズメイト」のポイントカードを作ることに
なるなんて、誰が想像したことでしょうか。


私にとってはそれはそれはとても大きな経験でした。
当時のあの子には今でも感謝しています。
もしもあの事件が無ければ、35歳になった今でも
カーキにカーキを合わせていたかも知れないのですから。


赤裸々に綴った私の失敗談はここまで。
次回は、家具選びのコツの様なものを
お伝えできればと思っています。


それでは、また。

BRIDGE WORKS  宮地 康行
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